いっくん 高橋まゆみ「秋の収穫」 貫一さん
老人との息づいたふれあい、ぬくもりを自分の中で形にできるなら・・・

旧「まゆみの気まぐれ日記」
「まゆみの気まぐれ日記」バックナンバ−

No63
 2006年1月15日 「今年の豪雪、雪国の暮らし」
毎日、テレビ新聞等マスコミでトップに上げられる豪雪の村。まさに、その村に暮らす一人として少し書いてみよう。
 
今盛んにニュースになっている、津南は我が家と隣町。急げば30分くらいの車での距離だ。
そこから国道405号線沿いにある閉鎖になった村、秋山郷は奥深い山の中でかなりの距離がある。私もここ飯山に嫁いで、こんな大雪ははじめてだ。さらさらとやむ事の無い雪が一晩中降れば、あっという間に1メートル、2メートルの雪は当たり前。初めてニュースになった壊れた家のおばあさんは、キシキシと音がして、恐くて逃げたと言った。
隣の旦那も屋根から滑り落ちて骨折をした。近所の家の車庫は重機や車が入ったままで、屋根が落ち何もかもぱぁ〜になったと嘆いていた。身近にそんな事はいくらでもある雪国の暮らし。
でも、ここに住む人達、特に{お年寄り}は、この地を離れたいとは思っていない。ここが好きなのだ。いやここしか知らないのだ。しかし、田舎の人ならではのいたわりは、自分本位ではなく、自分の家を守る為に雪を下ろしながら、隣近所の人の姿も追って作業に励む。
度を越した今回の雪はそれすらも見逃してしまうほど、過酷な試練を与え、人の命さえ奪ってしまうが、そうした自然にもくもくと立ち向かう、たくましい村人達がまぶしく見える。
 
年賀状もさることながら、今年はたくさんの雪見舞い、また救援物資?もいただきこの場をお借りしてご心配をおかけした事、またお礼申し上げます。
でも、我が家は自然落下、下に落ちた雪を片ずけ、一階の窓に明かりを入れる為雪をよけるくらいの作業なのでご心配なく。ちょっぴり、肩に筋肉が付いたかな・・・
 
自衛隊の方々も助けてくれ、今は道路もアスファルトが出て、全然オッケー!
でも、油断はできませんね。なんて言ってもまだい1月だものね。
 
閉鎖になった、秋山郷は雪が解ければ、それはいいところです。川沿いに温泉が出ていて、自分が掘って入ったりできる場所があったり、山菜は豊富、人は素朴、田舎を味わいたい人は絶対お勧めですよ。


高橋まゆみ拝


No62
 2006年1月5日 「2006年、新年のご挨拶」
2005年、暮れの挨拶文を書こうと思いながら、年を越してしまいました。
人形を通して、お世話になった方々、そしてこのHPを見て下さった方々、自分にご縁をたくさん頂いた方々、2005年は本当に幸せな年でした。

雪、雪、雪の寒波の年明けではありますが、ほんの少しのお日様が、こんなにありがたいと思えるのも、普段当たり前に暮らしすぎているからだろう。でも村の人達は笠をかぶり、カッパを着て背中から湯気を噴出しながら、雪片ずけに励んでいる。
雪の無い所の人には解らないかも知れないが、雪はものすごく重い。雪を屋根から下ろさなければ、家が潰れる事もある。しかも足を滑らせ、落ちた雪の下敷きになって死ぬこともある。そんな笑えない自然との戦いだが、どこか「待っていました」と言わんばかりの村人達のたくましさに、改めてここでの暮らしが、作り手にとっての意味ある物だとスノーダンプを押す姿に思った。
 
昨年はたくさん人形と旅をした。嬉しい出会いもあった。講談社から出した初版本もお蔭様で増刷になった。
そんな中で、一冊の作品集がいろんな人の手に渡り、幸せな言葉がいただけた。
「病院、施設等に飾り楽しませていただきます・・・」と言う言葉や、「身内への贈り物に ほころぶ笑顔が見たくて」と言ってくださった方もいた。作り手の自分さえ、癒される為に作る人形ではあるが、今年もそんな言葉をたくさん貰えるような、心の形を手がけたい。


高橋まゆみ拝


No61
 2005年12月1日 「長女との宮崎巡回展〜お母さん頑張ってるね〜」
季節が冬に近ずくにつれ、我が家では野沢菜や大根を漬け、庭の木々は雪で押しつぶされぬように雪囲いという冬支度が始まる。そんな中私は11月19日から始まる宮崎県総合博物館で催される人形展に向かった。

乗り慣れて来た飛行機を降りた。なんだぁ〜? この暖かさは・・・まるで春じゃん。
南国ムード漂う宮崎。空港から会場にタクシーで向かう。運転士さんはおっとりした口調で私とプロデューサーの話に耳を傾け話に入ってくる。何ていいんだろうと思った。一言では言えないがおだやか、人がいい・・そんな感じだ。
走りながら、ここに住みたいそんな気になってくるのは、この気候も人の感じも温かいからだ。

今回は22歳になる長女を同行した。初めてのことであるが、サイン会で横に座らせ印鑑を押させた。大勢の人が並んでくれている。しかも何十分も前から・・・そんなお客さんに少しだが言葉をかけ、ありがとうのお辞儀しか返せない自分であるが、皆、嬉しそうな笑顔だ。化粧ばっちりの娘もそんなお客さんの感動の声を聞くにつれ、手に力が入り声も大きくなってくる。
その後、大淀川に面したホテルにつき、娘と温泉に15年ぶりくらいだが一緒に入った。温泉にはたくさんの人が入っていたが少し先に湯船につかりながら想像した。『お母さん、背中流そうか?』なぁ〜んてね!ウフ(^^♪
そして、体を洗い始めた頃娘が湯船につかるのを見た。体を洗い、ミストサウナに入って出ると
「あれ?娘がいない・・・」いつもは半身欲とか言って長風呂なのにどうしたんだろう?
部屋に戻ると、どうも変だ。「どうしたん?」と問いただす。[だって人が多いし、気を使うもん」と娘。あ〜あ・・背中流しは夢に終わってしまった。

翌日地元NHKのテレビに出演する為、3時間も前に局入りをした。リハーサルと言う物を念密にこなし、しばし休憩。それを見ていた娘の言葉「足開きすぎだよぉ〜」「猫背で首が前に出すぎ」「洋服の胸元開きすぎだからこれ付けな」と彼氏にもらったネックレスまで着けられた。うるさい娘だと思ったが本番はおかげでバッチリ?決まった気がする。
そんな2日間を宮崎で過ごし、もう一日東京で田舎では手に入らない材料を仕入れ家路に着いた

子供の頃正直言って、いつも叱ってばかりの娘であった。
すぐ年子で妹や弟が生まれ、同居の戸惑い、両親の病気の中で私はイライラしていた。
大人気なく八つ当たり気味だった自分に娘の目はきつくなり反発し攻撃的になった。そして気持ちのすれ違いが続いた。どうにもならない自身のいらだたしさに泣いた日々もあったが、小さい頃の娘は私以上に寂しかったのだと今になって思う。歩きつかれた帰り道、娘が振り返りぽつんと言った。
『お母さん、頑張っているね』と。


高橋まゆみ拝


No60
 2005年11月5日 「千葉(市川)グランパ〜青森での交流会」
稲を刈り上げた田んぼには赤とんぼが舞い、色ずいた山々を秋の風が舞う11月。

19日から始まる宮崎での人形展の合間、いつもキャプションを書いてくれている千葉{市川}のグランパの社長、伊藤さんにお礼のつもりで人形を貸し出している。
いつもは、相田みつをさんのギャラリーであるが、快く息子の一人さんにお花まで贈られながら始まった人形展。デパートなどで展示する時の、半分には満たない人形数ではあるが若いスタッフたちが元気に、また前向きにこのイベントに立ち会ってくれている。
いつもは駐車場であるスペースも、テントが張られ、相田さん、私のグッツが売られ、おいしいボローニャのパンも焼きたて、試食販売されている。横を通り過ぎる車からも、何事かと思われるほどちょっとしたお祭気分である。前にも書いたが、たった一枚のはがきがくれた『縁』というもの。大事にしたいと思った。

そんな千葉から帰り、翌々日、私は青森へ出かけた。
私の住む常盤村と同じ常盤村が青森{藤崎町}にあり、息子が少年野球をしていた頃に、東京ドームで夢の対戦をしようと始まったのがきっかけで、もう10年以上も続く交流会であるが、そんな息子ももう来年20歳。かつては喜んで一緒に付いてきた子供も、座り心地の悪い、酒臭い大騒ぎの小さなマイクロバスに10時間も揺られるツアーには目もくれないのも解る気がする。しかし、親たちは頑張っている。
お互い、事務局なる物ができていて、ねぷたメンバーやらアスパラ部会やら、その時々メンバーも変わったりしている。主人はもう3〜4回参加しているが、私は今回始めてであった。

今回の目的は藤崎町のイベント{イキイキ祭}に行く為であった。

学校の広い庭にはたくさんのテントが張られ、年を重ねてもわくわくする出店が軒を連ね、会場内には地元の人達の作品展。子供たちのかわいい神輿やパレードが続き、そこでの一番のイベントは日本一のジャンボおにぎりを作る行程が見ものである。米どころでもある青森のみごとなジャンボおにぎり。大人の二倍程の高さに積み上げられた▲むすびは圧巻であったが、それをまた小さなおむすびにして振舞うのだ。そして、
食いしん坊の私は見るもの見るもの腹に入れ、相撲取りになった気分でバスに乗り込み弘前城に向かった。
花は無いものの、しだれ桜が見事な庭を通り抜け、寛永4年に落雷にあい、焼失した本丸は無いものの、再建された弘前城天守は資料館として東北地方唯一の重要文化財となってそそり立つ。きゅうな階段を歴史的資料を眺めながら上まで行き、ここから眺めた岩城山はまるで姫になった気分であった。その夕、地元の人達との歓迎会に出席し、何度聞いてもわからない津軽弁と飯山弁はぶつかりあった。しかしお互い標準語だと思い込んでいるところがおかしい。

その後我々は津軽三味線を聴きに行った。「山唄」というその店は有名らしく、団体客でいっぱいだった。
さっき、ビールを運んでくれた若いお兄さん{店員さん}が、すっと三味を持ち顔が引き締まる。迫力と手さばきと搾り出すような歌い手のコラボレーション。一時間程の生演奏は、若手からベテランまで次々持ち味を奏でた。そして津軽の伝統的な三味の音色は、いつの間にか客の言葉を飲み込んでいた。
演奏が終わると、また店員さんに戻ったお兄さんに尋ねた。
若い時って、ギターとかロックとかに行きたくならない?と。
彼の言葉が返って来た。
『ここに居るからこそ出来る三味線、それ以上の魅力は無いでしょ』と。
拍手を贈りたい。


高橋まゆみ拝


No59
 2005年10月18日 「北海道・北見東急の人形展・・・広大な大地と網走番外地」
10月12日私は北海道、北見東急の展示会の為、女満別空港に飛び立った。
昨年、北海道は6箇所で作品展を催されたが、そのどれもが思い出深い。空港に降り立ち、広大な大地を眺めながら、少し離れた北見駅に隣接された会場に着いた。が、今回は着いて早々、取材をするということで、北海道新聞、伝書鳩、読売新聞と地元に寝付いた新聞社に営業に廻った。う〜ん、何かタレントさんみたいだな・・・と浮かれながら礼儀正しいタレントさんとは違い、すぐ地を出してしまうので、田舎から出てきたおばさんにしか見えなかったと思う。その後会場に着き、せっせと作品を並べた。

今回の会場は奥行きがあり、広いのでゆったりと人形を置く事が出来た。少し低めの展示台も覗いて見る感覚で子供や車椅子などの人には見やすいと思った。展示を終え、いよいよお楽しみのお食事だぁ〜!
北海道と言ったら魚でしょ・・・と思いきや地元の人に焼肉を勧められた。プロデューサー、スタッフの若い二人と共にもやもやの凄い煙の中で、バクバク食ってる我々が居た。店を出て、近くのスナックに入りちょっぴりカラオケ。席に着いてくれたかわいいお姉ちゃんに、北見の事を色々聴き、しっかり明日から始まる人形展の宣伝までしてホテルに戻った。

初日が開けた。営業効果やCMの影響もあり、来てくれたお客さんはとても親しげである。
『見たかったのよぉ〜』という最近多くなった言葉は何より作家冥利に尽きる言葉だ。二度のサイン会を終え、飛行機の最終便までには時間がある。今回は久しぶりに観光しようと思っていたら、東急の伊藤さんが気をきかせて案内してくれたのだ。

オホーツクに面した流氷館では360度見渡せる大パノラマにふけり、コートを羽織り、ぬれたタオルをぐるぐる回しながら実際の流氷の中を歩いた。寒さ体験もした会場を出るとタオルは棒になっていた。世界遺産に登録された知床半島には行かれなかったが、その後網走刑務所に案内してもらった。実際の刑務所と同じ作りの博物館に入ると、何ともいえない空気に包まれた。囚人達の生活、衣装、食事、仕事、風呂、部屋などリアルな人形と共に再現されていて、今に無い過酷な生活を映し出していた。
しかし、何ともおかしいのはやはり博物館。若いカップルの二人が寄り添って楽しげに見ていたり、旗を持ったバスガイドが先導して、ほろ酔い気分の団体がざわざわ入って来たり、土産屋で買ったのだろうか、若者が手錠をして歩いている。その違和感は何たることか・・・そして我が家に帰りほっとする。

今日は年寄り達も旅行だし、ビデオでも借りてゆっくり見るか(^^♪
手にしていたのは、網走番外地であった。健さん、かっこい〜い!

高橋まゆみ拝


No58
 2005年10月10日 「人形のルーツ」
食欲の秋、芸術の秋、スポーツの秋。いいよね。と言う事で、今日は少し人形のルーツを書いてみよう。
私も人形を作って、かれこれ24年程になるが、今こうして全国的に見ていただけるようになったのは、友達の存在が大きい。

私と同じくらいのキャリアの木村さやこさん。彼女は洋物のおじいちゃん、おばあちゃん、魔女などが得意な作り手である。彼女の持つ考え方、また感性はいつも何か刺激を与えてくれる。
高価な材料を使う訳でもない。昨日着ていた洋服をビリビリ破き、人形の衣装になっていることもある。私が今、羊毛の源毛を髪の毛に使っているのも彼女の人形の影響だ。自分にしか出せない『味』というのを教えてくれたのも彼女であるが、さばさばしたその性格で「頭がでかすぎる」とか「気持ち悪い」とか、ずけずけ私の人形の批判をする。でもまたそこがいいのだ。

二人目は戸田すみえちゃん。デザイン学校を出た彼女は洋服のペインティングがみごとな人形を作る。ころころした、達磨のような動物を作っていたかとおもうと、今度は何ともいえない「笑える人形を作り出している」
そのタイトルには「つぶあんよりもこしあんの好きな女」とか「いじわるなのに仲間になりたい女」とか考えつかない題をつけ、自己満足しているようである。と 思ったが、意外や以外、何とそのネーミングが受けている昨今である。そのすみえちゃん、実は手芸店のユザワヤ創作大賞という公募展で何と部門大賞というすばらしい賞を今まで7回以上取っているのだ。私がユザワヤのその公募展に出したのもすみえちゃんの影響だ。

そしてもう一人、人形では無い物の、籐工芸をやっている和田美恵子さん。彼女は認知性になったおばあさんの面倒を見ながら、教室で教え、また作品も作っている作家である。同じ頃、ユザワヤの公募展に向け、自分のストレスを吐き出すように作品を作っていた。「古代への思い」と題したその作品には、彼女のこんなメッセージが添えられていた。
『心身共に疲れているとき等、どんな環境の中でも自分らしく輝いていたい。丸いボコボコは私の心の中、どこかに出て行く所も無いつらい思いです。でもやっと自分の思いが出るところを見つけて頑張ろうとする気持ちを作品にした』と。そのボコボコの精神世界を作った彼女は、私共々1998年部門大賞を獲ったのだ。

その年、私達仲間はそれぞれに受賞した。木村さんは金賞、すみえちゃんは銅賞。
皆で行った授賞式。
嬉しくて今でも忘れられない。副賞の商品券を主婦の我々は、思い切り使った。
そんな、素敵な仲間が近くにいる。言いたい事をずけずけ言って、それぞれの道を解り合いながら歩いていく仲間がいる。
これからも宜しく そしてありがとう

高橋まゆみ拝


No57
 2005年10月1日 「志賀高原・ロマン美術館での作品展」
暑さ、寒さも彼岸まで・・・とはよく言ったもので、めっきり涼しくなった今日この頃である。
黄金色に実った我が家のお米たちも、「早く刈ってくれぇ〜  食べごろだよ」と言わんばかりに秋風に揺らめいている。

そんな10月。私は恒例の地元開催の斑尾クラフトフェスタの参加を断念し、志賀高原、上林にある【志賀高原ロマン美術館】での作品展に参加している。これはあくまで個人的なものだ。

前々から、知り合いで、いつも遠くで応援してくれている学芸員のちひろさんからの熱い申し出に応えた物だ。
初めて行ったロマン美術館は、あの黒川紀章さんの設計されたすばらしい建物で、入ったとたん圧倒された。
高い天井。贅沢な空間。息を呑む。中に入ると建物に反映するように高い円錐のガラス張りの飾り棚が綺麗に並べられ、その中にはきらきら光るガラスの作品が並べられている。
吉本由美子さんの羽のついた天使のようなガラス細工。繊細で今にも羽ばたきそうな素敵な作品が並ぶ。
そして、螺旋階段を上ると今回私の作品がならぶ展示会場がある。
『人のかたち展』と題した今回の展示は3人の作品が並ぶ。ガラス作家の安藤ひかりさん、安達忠良さんの木の人型、そして新作をふまえた私の人形である。どれも個性的でおもしろい。
11月6日まで開催されると言う事だが、周りにはレトロな温泉旅館もたくさんあり、近くにはおサルの温泉でも有名な地獄谷もある。ゆっくり山道を散策しながら、色付いてくるであろう紅葉も見ながら、かわいいおさるさんの温泉につかる姿を見るのもいいかもしれない。
 
今回お話を頂いた事で、「作る意欲」をいただいた。
何かにせかされる・・というのは決して悪い事ではないな  なんて不精な私は思うのです。

ちひろさんありがとうね

高橋まゆみ拝


No56
 2005年9月25日 「二度目のサイン会(大宮高島屋)でのうれしい出来事」
大宮高島屋、二度目のサイン会に出向いた。
大宮の駅前は車の上を遊歩道が続いていて、どっちに曲がろうが、信号を待つ事も無い、便利な街だ。
 
22日朝お弁当を3つ作り終え、家族を出し終えて会場に向かった。
いつも止める長野駅駐車場のタバコ屋さんのおじさん、おばさんとも最近仲良しになり、世間話などするようになった。『今日、帰りま〜す』と手を振って新幹線に乗り込む。
う〜ん 会場に着くと今日もたくさんの人が見に来てくれている。幸せだなぁ〜と鼻の下をさすり、しばし会場を一回り。
知らない人に声をかけれるのは、作り手の特権だ。
声をかけられたお客さんは、何やら、会場の人という感覚で、気軽に返してくれる。
赤いリボンの花をつけろと、どの会場でも言われるが、私はほとんどつけない。だって嫌だもん。そんな仰々しいの。
いかにも作家ですリボンじゃん。

といいつつ、大宮の会場で一人のご年配の男性に声かけられた。
会場で流しているビデオ{アップに耐えられない顔で嫌なんだけど}を見てか、名刺を差し出してきた。
何と、江戸木目込人形伝統工芸士の鈴木さんであった。
初めてお逢いした方であったが、落ち着いていて、燐とした目の優しい男性であった。
何百年と続く伝統工芸の世界に携わっているその男性は、世界は違えども同じ人形を作る作家である。
鈴木さんは淡々と語る。いいものを見せてもらったと。木目込みの世界ももう少し、こういう精神的なものがあってもいいのかとそして参考になった・・・と言うような事を言われた気がする。たくさんの自分の人形を同じように並べても、こういう人の反応は無いかもしれないと鈴木さんは語った。
私は伝統工芸とか知らない人間である。私の人形を見て、先端を行く作家さんには、未熟な部分を指摘されたり、時には否定されたりもする。
でも、鈴木さんのその目は私にとってとても嬉しいものだった。
伝統、経歴、努力、神秘、耐久性、何をとっても優れているのに、評価してくれたのだ。
同じ物を作る者としてプライド、意地・・・みたいな物は嫌でも無いはずは無い。
でも、鈴木さんは主婦の手遊びから始まった私の人形を否定するどころか、「こういうものが無ければ」・・・と言ってくれたのだ。嬉しかった。

でも、鈴木さん、もしこのホームページを見てくれたなら、あの時も言ったけど、風化していく人形は私。
風化するほど価値が出る人形は日本工芸と呼ばれる人形・・・と私は思っています。
どれほどの価値として残るかは自信ないです。
嬉しかったです。作り手の人にしばし褒められていなかったから。ありがとう。

高橋まゆみ拝


No55
 2005年9月17日 「幸せな時間」
大宮、高島屋での作品展が始まった。
長野からは一時間も新幹線でかからないので、今回はとても楽だ。
人形展はあっという間に2年半全国を廻り、ここの所、二度三度足を運んでくれる人が多くなった事に喜びをかくせない。

会場には前日並べに行って、初日を迎え帰ってくるパタ〜ンだが、そこでのホテルでの一泊が何より気晴らしになる。家ではベットだが、腰が痛いので整骨医院の先生に硬い畳がいい・・と言われクッションをはずし畳に変えて寝ている。まくらもそば殻、ビーズ、羽毛、低反発、と色々変えたが、イマイチ頭になじめない。
しかし、ホテルの枕ってどうしてあんなに具合いいのだろう。しかも二重だぜ!{おっと!男口調になってしまった}ぐっすり寝れる。
でも、これはきっと主婦はみなそうだと思う。家庭から解放され、時間に追われることも無い。誰にも気を使わず過ごせるのだから良く寝られるのも当然だ。
そんな、幸せな時間を過ごして家に帰ると、何故か最近空気が違う。
自分も気持ちが開放されて帰って来るし、また留守番をしていてくれる家族、{特におばあちゃん}はほっとするようで、また家事はおまかせになるので、私が居ない時の負担から開放されほっとするようだ。
旦那もかたずけをしていると、自分からテーブルを拭いてくれたりして、ちょっと気味悪い。
当たり前がずっと続くとストレスになるが、その当たり前をコツコツこなしてこそ互いに大事な物が見えてくると感じた。
ホテルの枕は寝心地いいが、やはりそれ以上に
せんべい布団にせんべい枕・・・やっぱこれだね!の世界です

高橋まゆみ拝


No54
 2005年9月5日 「心のもてなしをしてくれた女将」
「まゆみのつぶやき」から「気まぐれ日記」にネーミングを変えたので、前よりは気持ち、まめに書くようになったのではないかと思うこの日記。
数ヶ月前に発売になったばかりの講談社「草の道」であるが、本の中には読者カードと言う物が入っていて、出版社を経由してすでに何十枚と言うコピーが手元に届いている。
これって、自分だったら出さないね。横着者の上、欲張りばばぁなので、何かくれる・・・とか おまけが付かなきゃ嫌だ!でも、人って偉いよね。こうして何行も丁寧に書いてポストに出すのだから。そんな事を言いつつも、もらう側になると、これまた嬉しくて、想いを込めて作った本の評価、感想を知る事ができる。人形展では直接、お客さんの声が聞けて、笑顔が見られて、感動も伝わってくる。
しかし、本と言う平面の物であるにもかかわらず、感想の中から作品を見なくても、いとおしく何度もページをめくり、自分の近くに置いて宝物のように見て下さっている読者もいる。出掛けられない、体が動かない・・・と言った人達が特にそう言ってくださるが、本という凝縮した形は想像以上に役目を果たしてくれているようだ。

静岡松坂屋での人形展では、入れ替えの為二度足を運んだが、前に書いた大切な人の一人福田さんに紹介されて知りあった、当時独身の住職さんが家族を連れやってきてくれた。そしてもう一人山口の陽さん。陽さんは自分らがモデルになった人形に再び会いに、そして教え子、縁あった人達にも逢えるという事で度々出向いてくれる。
向こうから、着物を粋に着こなした美女がやってくる。陽さんと親しげである。
アルツハイマーになった妻八重子さんと二人で出かけた熱海のホテルでの事。仲居さんとの話の中で、「妻がこういう状態なので温泉に入りたくても一人では無理なんよ」と言う言葉が女将に伝わり、数十分と言う時間を陽さん夫妻の為に温泉を貸切りにしてくれたというその女将であった。他に客もいただろう。同じ時間にバッティングしたら、客の苦情もでたであろう。しかしその女将は本当に心のもてなしをしてくれたのだ。
いつか機会があったら行ってみよう。あの女将に逢いに。

高橋まゆみ拝


No53
 2005年8月28日 「静岡での人形展・・・ありがたい言葉」
強い勢力を持った台風11号は、今行われている人形展の静岡を通り、千葉方面へと抜けていった。
雨、風、地震と最近は被害も年々大きくなって行くようで気がかりだ。
私の住む飯山も、山や川が近いので、最近も土砂崩れで汽車が止まったり、また21年ほど前には、河が雨で大反乱し、床上浸水になったこともある。幸い我が家は小高い所にあるので、水浸しは逃れたが、近くにある養豚場の豚は流れてくるし、災害にあった親戚は荷物を持って、家族で助けを求めてきたりもした。
 
自然に逆らう事は無理なので、せめて今自分の身近で出来る事をして、備えて行くしかないのかもしれない。
 
静岡松坂屋の会場では、今回初めて、途中で入れ替えをする。
会場の規模と、人形の数もあり夏っぽいものから、冬っぽいものへの入れ替えである。
24日のサイン会では、その事を告げるスタッフの反応で、サインをしながら、「もう一度来ます」と言ってくださった方がいて、とても嬉しかった。一体でも多くみていただきたい・・・というのは作り手の本心だが、いざ自分が見る側になれば、二度足を運ぶというのはしんどい物があると思う。
 
時々、「お家に伺えば、見せていただけるの?」とか「作っている所を見たい」と言われる方が居る。私自身も作家さんの作り出す状況を間近でみたいというのが本音である。
でも、我が家には工房も無く、ギャラリーがあるわけでもない。7人で暮らす自宅の6畳の一室で人形が生まれ、性格なのか、出した物をすぐ片づけられないので、もう材料との葛藤である。そんなところを見られるのはしのび無いし、また作る時間を大事にしたい。でもいつか、展示館を作りたい気持ちは変らないでいます。

さて、
毎年参加していた斑尾クラフトフェスタですが、今年はどうしても無理です。楽しみにしていてくれた方々に申し訳ない気持ちでいますが、一人の手では追いつかない。展示会も重なり、またじっくり作りたい物が見えてきたので、取り組みたいと思っています。

昨日、長野で開催されている相田みつを展を見に行った。
息子さんの一人さんのトークショウで言われていた事を振り返って見る。
「一枚の写真があった。書き終えた山に積まれた和紙の中に相田さんがいる。これは全て失敗作なのだと。これを燃やすのが自分の仕事だったと一人さんは言われていたが、あの力強い、見るものを惹き付ける言葉の一枚は、何千枚、いや何万枚の中の一枚だ」と言われた。
「こんなもんでしょ。これでいいや。の今の自分にとって、見つめ直すありがたい言葉となった。

高橋まゆみ拝


No52
 2005年8月15日 「富山の人形展へは浴衣で・・・」
富山、風の盆でも知られている場所から30分程のとなみチューリップ四季彩館での作品展が始まっている。
市の公共施設でもあるチューリップ園は冷凍チューリップがあるそうで、一年中かわいい花が咲いている。季節が季節だけに野外では違う花が咲き誇っていたが、四季おりおり広々とした公園で花が見られるのは素敵だ。そして、そこに関わる職員さん達の手入れの完璧さ、そして細かい心使いが嬉しかった。そういう施設での展示は今回初めてで、心の開放感と2日間のサイン会ということで、初日は浴衣で行った。というのも私の所では夏に成人式をやるので、娘の浴衣選びに付き合っていたら、いつの間にか自分の物を物色する目に変わっていて、娘より先にゲットしていた・・という理由でもあるが。

何十人かの招待客の前でお辞儀をしようとした時、前にコケそうになったが、何とかこらえて、会場の人形展に誘導し説明をしながら見ていただいた。富山も我が村と雰囲気が似ている所があり、どの人も、ニコニコと嬉しそうに見ている。一通り見終わると、一人二人と帰られ気ずくと「あれ?」お客さんがいない。
いつもでは、考えられない光景だが、もうすぐサイン会がある。少し不安になる。こんなに気張って来たのに、誰も来てくれないのかな・・・
ところが、その時間になると、何処に居たのかな?と思うほど、富山県人さんが人懐こそうに並んでいてくれるではないか。ほっとしながら嬉しい時間が過ぎて行った。石川県でもそうだったが、何か北陸の人達はなじむのが早い気がする。こうして一つ二つと人形を通して縁をいただき、おいしい物をいただき、感謝に手を合わせるのみだ。

富山から帰りすぐ、今度は養命酒のCM撮影があり、立ち会った。
たくさんの人がいる。クライアント、監督、カメラマン、照明、美術、プロダクションなど。たくさんの人と力が動いている。若い入りたての人達は一時の動きも止めず、雨に打たれて、もくもくと仕事をこなしている。たった一瞬の良い画像を取る為に費やす時間は長い。それぞれの分担、役割を必死にこなす。カメラマンの真剣なまなざし、叫び、時には怒鳴る声も飛びかう。そんな中で、一人の青年を追って見る。
今回は3回目の撮影であるが、一回目の時、指図される事を必死に着いてくるといった感じで、少しおどおどしたような自信なげであった。しかし、今回彼は見るからに変わっていた。責任感、気配り、意欲、自信、このピリピリした空気の中で育っていたのだ。食事がのどを通ら無いほど叱られても、次の日には残さない。そんな所も強くなっている。彼らは言う「リベンジ!」と。
どんな事でも完璧は無い。そして、叱られて落ち込まない人間はいない
でもそう言い切った彼らはさわやかだ!!!ごくろうさま

高橋まゆみ拝


No51
 2005年7月31日 「年寄りを狙った犯罪は許せない」
毎日、家で仕事をしていると、いろんな人が尋ねてくる。
宅配、宗教、シロアリ駆除、リフォーム、物売り等、私の人形の中で、ほうき売りのおばあさん   というのがあるが、まさにあのままのおばあさんがいて、そのおばあさんも時々やってくるがそれは可愛いものである。が、一番困るのは、仕事をしている時は粘土で手が真っ白なのに、これでもかというくらい、話混んでくる人だ。子供の教育関係の電話も良く来るが、最近は慣れたもの。可愛い声を出して、「今お母さん、いません!」と言って切ってしまうこともある。多すぎて、対応しきれないのだ。

そんな毎日の中で、先日我が家にもオレオレ詐欺の電話が来た。
「おれ○○○ お母さん、大変なんだ。何とかしてくれよぉ〜」と泣き出しそうな声。

「ん?名前一文字違うし、声もこんなに家の息子かわいくないよな???」と不振に思ったが、聞いてやることにした。

「どうしたん?」

「ちょっと、トラブっちゃってさぁ〜」
「そりゃ大変だ!良かったジャン・・・」と言ったとたん、さよなら・・・と言って
切れてしまった。
さよならとは律儀な詐欺師だ!

今はもっと巧妙になっているということだが、騙し、騙され、人を素直に信じる事さえうかつには・・・と言う時代が何とも空しい。特に年寄りを狙った犯罪は許せない。

我が家のように、自給自足の生活もいいものだよ!

高橋まゆみ拝


高橋まゆみ・創作人形の世界
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