大宮高島屋、二度目のサイン会に出向いた。
大宮の駅前は車の上を遊歩道が続いていて、どっちに曲がろうが、信号を待つ事も無い、便利な街だ。
22日朝お弁当を3つ作り終え、家族を出し終えて会場に向かった。
いつも止める長野駅駐車場のタバコ屋さんのおじさん、おばさんとも最近仲良しになり、世間話などするようになった。『今日、帰りま〜す』と手を振って新幹線に乗り込む。
う〜ん 会場に着くと今日もたくさんの人が見に来てくれている。幸せだなぁ〜と鼻の下をさすり、しばし会場を一回り。
知らない人に声をかけれるのは、作り手の特権だ。
声をかけられたお客さんは、何やら、会場の人という感覚で、気軽に返してくれる。
赤いリボンの花をつけろと、どの会場でも言われるが、私はほとんどつけない。だって嫌だもん。そんな仰々しいの。
いかにも作家ですリボンじゃん。
といいつつ、大宮の会場で一人のご年配の男性に声かけられた。
会場で流しているビデオ{アップに耐えられない顔で嫌なんだけど}を見てか、名刺を差し出してきた。
何と、江戸木目込人形伝統工芸士の鈴木さんであった。
初めてお逢いした方であったが、落ち着いていて、燐とした目の優しい男性であった。
何百年と続く伝統工芸の世界に携わっているその男性は、世界は違えども同じ人形を作る作家である。
鈴木さんは淡々と語る。いいものを見せてもらったと。木目込みの世界ももう少し、こういう精神的なものがあってもいいのかとそして参考になった・・・と言うような事を言われた気がする。たくさんの自分の人形を同じように並べても、こういう人の反応は無いかもしれないと鈴木さんは語った。
私は伝統工芸とか知らない人間である。私の人形を見て、先端を行く作家さんには、未熟な部分を指摘されたり、時には否定されたりもする。
でも、鈴木さんのその目は私にとってとても嬉しいものだった。
伝統、経歴、努力、神秘、耐久性、何をとっても優れているのに、評価してくれたのだ。
同じ物を作る者としてプライド、意地・・・みたいな物は嫌でも無いはずは無い。
でも、鈴木さんは主婦の手遊びから始まった私の人形を否定するどころか、「こういうものが無ければ」・・・と言ってくれたのだ。嬉しかった。
でも、鈴木さん、もしこのホームページを見てくれたなら、あの時も言ったけど、風化していく人形は私。
風化するほど価値が出る人形は日本工芸と呼ばれる人形・・・と私は思っています。
どれほどの価値として残るかは自信ないです。
嬉しかったです。作り手の人にしばし褒められていなかったから。ありがとう。